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daybreak12/04 Chapter-01 three poisons(7)

【7】

 鬼が首をかしげた。
 それは、目の前の死骸となった獲物と、これから逃げ回る生きている獲物、どちらを相手にするかを品定めする動きに相違なかった。
 焦点の見えない白眼が、少年――ナガルの方を向く。
「バカ! あいつ、何考えてるんだよ!」
 痛みの引かない身体をひきずりながら、ヤズマは歯噛みする。
 無神経にも程がある。今の状況を見れば、この場所から逃げなければならないことは明らかなのに、大声を上げてわざわざ敵の気を引くなど、素人以下の行動だ。
 いや……。
「素人が」
 すぐそばで舌打ちが聴こえた。
 ヤズマを担ぎ上げた男――キッドのものである。
 見れば、キッドもヤズマと同じく呆気に取られ、足を止めていた。
(素人?)
 そうだ。素人だ。
 そう考え、改めてヤズマは少年――ナガルの方を見る。
 どこから見ても、軍人とは思えない。
 身のこなしは隙だらけで、武器も手にしておらず、行動は軽率、周りだって見えていない。
 第一、戦場にいるには歳が若すぎる。
 民間人、例え軍基地にいたとしても、貴族の雇った非戦闘員だろう。
 それが、どうしてこんなところで声を張り上げている?
「早く逃げろ……」
 叫んだつもりだったが、それに銃声と怒号を押し返すだけの力はなかった。
 不甲斐ない。
 コクピットから投げ出された体が、痛みに言うことを聞いてくれない。
 突然、鬼が吼えた。
 獲物に対する威嚇。恐怖からではない。逃げ回り、恐れおののき、絶望に打ち震えるものを一方的に殺すために、相手を逃げ回させるための咆哮だ。
 現に、その咆哮はナガルへ恐怖心を抱かせるには充分だった。
 足から力が抜け、彼はその場に尻餅をつくしかなかった。
 口から漏れたのは、きっと悲鳴だ。
 鬼の白眼に睨み付けられただけで、もう動けなくなってしまう。
 一体、自分は何をしにこんな場所に来た?
 目の前の恐怖に混乱する頭の中に、ふとそんな問いが浮かんだ。
 自分は軍人ではない。戦うすべも、力も、知恵もない。
 書店を経営する両親の元に生まれた、平々凡々な一市民でしかない。
 それが、こんな場所に――戦場に。
 甘かった。言葉伝てと数字の上でしか知らない場所に立って、一体何が出来たというのだろう。
 ただの子供でしかない自分が。
「ナガル……君」
 小さな声のはずなのに、不思議とその声ははっきりナガルの耳に届いた。
 フレデリカ。
 離れた場所で呆然と自分を見つめる目が、ナガルの視線とぶつかる。
 彼女を助けに来たはずだった。
 否、彼女に対して何か出来るつもりだった。
 広報課の窓から窓越しに爆煙を見たとき、一番最初に頭に浮かんだのは、朝、ゲートで見たフレデリカの顔だった。
 次の瞬間、ナガルは走り出した。
 とにかく、その場所に行かなければ。そう思った。
 だが、その結果はどうだ。
 一声吼えられただけで、腰を抜かしている。
 一体、何をしに自分はここに来たのだろう。
 一体、何が出来ると思って自分はここへ向かったのだろう。
 一体、何が出来るつもりで自分は走っていたのだろう。
 答えは出ない。出るはずもない。
 恥も外聞も思慕も、鬼が地を踏みしめる音に、その一歩一歩に踏み潰されている。
 着いた手が震えている。瞬きも出来ない。
 救えるつもりだった。
 何か出来るつもりだった。
 だが、何も出来ない。
 こうして哀れに、無様に怯えているだけ。
 涙が零れそうだった。
(――好きだったはずなのに)
 この感情があれば、何でも出来る気がしていた。
 鬼の姿を見た瞬間、まず浮かんだのは鬼の気を引き、フレデリカから気を逸らすことだった。
 後は、力の限り逃げる、そう考えた。
 だが、実際は何も出来ない。動くことも、これ以上声を出すことも。
 鬼は眼前まで迫っている。
 だが、指先ひとつ動かない。
 無力――どこまでも、無力。
 だって、「逃げろ」の一言すら、フレデリカさんに言えないじゃないか……。
 鬼の歩みが止まる。手にした鉈は、振り下ろしさえすればナガルを潰せる位置にあった。
 無情にも、その鉈が振り上げられ――
「耳をふさげ!」
 野太い声が響くと同時に、銃弾の嵐が鬼の顔面に振り注いだ。
 間髪入れず、手榴弾がそこへ飛び込んでくる。
 放物線を描いて飛ぶそれは、射線上に飛び込み、弾丸を受け起爆する。続けて飛び込んだ数個の手榴弾も先陣と同じ軌跡を描いて誘爆し、一気に爆風となって鬼の視界を奪った。
 状況が分からないまま、突然の叫び声の通り耳を塞いでいたナガルは、後ろから抱き起こされた。
 顔を上げると、そこには引き締まった体躯の、大柄な男が立っていた。
 右手にはマシンガンが握られ、実直そうな顔は戦いに引き締められている。
「ヤズマ准尉、早く《ガルシュバ》の元へ! ここは自分が食い止めます!」
 男はヤズマに向かって叫ぶと、ナガルを後ろに庇い、マシンガンを構えた。
「カンバヤシ少尉!」
 ヤズマの脳裏に、先ほどアルバート・トライン少佐から紹介された際に、実直な敬礼をした姿が浮かぶ。
「モエギ中尉も急いでください! こいつらにはあの試作機がなければ太刀打ちできません!」
 そう言って、カンバヤシはマシンガンの銃爪を引いた。銃口から、間髪入れず銃弾が次々と吐き出されていく。
 一瞬逡巡したが、ヤズマはハンガーへ向かって走り出す。そばのキッドも同じように駆けた。
 離れた位置にいたフレデリカも同じようにハンガーへと向かう。
 そのそばには、左手に鈴をつけた影――ルネが手を引かれ、つまずきながらも付いて行く。
「少年、走れるか」
「……え?」
 銃声にかき消されそうなナガルの声に、リキ・カンバヤシは怒声で返す。
「走れるかと聞いている!」
 弾倉を交換しながら、リキは再度ナガルに問うた。
「いいか、奴らはこのマシンガン程度では殺せない! だが、今ヤズマ准尉たちがハンガーに向かった。きっと、この状況を打破してくれる。だからお前は俺が奴の気を引いているうちに走れ! 精一杯走れ! きっと彼らが助けてくれる!」
 背中を向けたまま、リキはナガルに叫び続ける。
 その向こうに、煙の中から歩み寄る影が――鬼が現れた。
「お前は俺が守ってやる! 早く指示に従え!」
 怒声に、ナガルは踵を返し、走った。
 知らず、歯軋りが漏れる。
(どうして僕はこんなにも情けないんだ)
 無力感と羞恥心が沸いた。
 結局、自分は逃げ出している。
 何か出来ると思い込んで、何かやれると錯覚して。
 今、助けてくれた軍人を見捨てて、駆け出している。
 何も出来ない。
「っがあっ!」
 苦鳴とともに、絶望が追ってきた。
 走るナガルの前方に投げ飛ばされた体躯が、受身も取れず地に叩きつけられる。
 血まみれになった、リキだった。
「ひっ……」
 思わず目を背ける。その後ろには、鬼がいた。
 今度こそ終わりだ。
 自分は、ここで死ぬ。
 フレデリカを守ることも出来ず、助けられた軍人へ何も言うことが出来ず、ただ無様に、無力に、死ぬ。
 振り向くと、鬼が鉈を振り上げていた。
 ナガルの顔が絶望に染まる。
 最後の瞬間、目を閉じた。
 しかし、今度は横から来た衝撃がナガルの目を開かせた。
 一機の〈マケッド・ドール〉が横殴りに鬼にぶつかってきた。ハンガーの壁を貫いて、飛び込んできたのだ。
 金属の軋む音を響かせながら、その〈マケッド・ドール〉は鬼を吹き飛ばし、その場に倒れこむ。
 そのまま、動かない。誰も乗っていないのだ。
 どうしてそこに吹き飛んできたのか、ナガルには知る由もないが、その目の前の機体がナガルの命を救ったのは確かだった。
 背部に畳まれた水平翼からして、《グレイブワイバーン》の系列機だろう。
 だが……なんだ、この禍々しさは?
 暗い藍色の全身に彫られた、刺青のような模様だけではない。
 その巨体には――異様な圧迫感が立ち込めていた。
 まるで、今暴れまわる鬼のような。
 心の底が凍りつくような。
 ナガルは、その機体から目が離せずにいた。
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三日月幻夜

Author:三日月幻夜
よく「雰囲気大分違うけど、同じ人が書いたの?」って言われます。
色々あるので見てってください。

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