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桜パッケージ

 駅を降りると、桜の花びらが視界に飛び込んできた。
 それは世界を埋めるような色彩で、春を感じさせる、陳腐で、確実な感情だった。

「どうしたの?」
 歩みを止めた僕を振り返り、彼女は不思議そうな顔をする。
 僕の目の前には、花も葉もない、冬枯れの桜の木が並んでいる。
 駅の周辺は、人々が忙しなく行き交い、遠くに電車が走る音が聞こえてくる。垣間見た記憶の残滓を消すように、喧騒が僕の周りに戻ってきた。
「あ、いや……桜の木を見てたら、ちょっとね」
 軽く手を振りながら、僕は彼女の横に並び、一緒に歩き出す。
 首をかしげて、彼女は訊いてきた。
「桜の木?」
「うん。別につまらないことなんだけど」
「何? 聞きたい」
「駅を出たら、桜の木があるじゃない。あれ、懐かしくってさ」
 要領を得ない僕の言葉に、彼女は目を上に横にとせわしない。さすがに言葉足らずと思い、僕は言葉を続けた。
「あの桜の木を初めて見たとき、ちょうど満開の時期だったんだ」
「ああ、今の部屋に越してきたのって、春先だったもんね」
「そう。ちょうど大学を卒業して、すぐに。というか、大学の卒業式の翌日が引越しの搬入日だったんだ」
「強行スケジュール」
「まったくだよ。部屋が決まらなくてさ。不動産屋に無理を行って探してもらったんだ、一週間で見つけてくれ、なんて言ってね。その忙しく引越し作業をして入居した部屋も、もうすぐ出て行くわけだけど」
 僕はまた引越しをする。
 数年間を過ごし、愛着の湧き始めたあの部屋を。
 大学生という身分から卒業して、社会人としてスタートした、期待と不安を荷物と一緒に連れ込んだあの部屋を。
「まあ、感傷的になっているんだと思うよ。季節柄」
「五月病ならぬ、三月病ってわけだ。憂鬱になるのが五月、妙にやる気をだしちゃうのが四月、それで昔を思い出して感傷的になるのが、三月。どれも春なのにね」
「春、といってもまだ寒いけどね。それに、三月に感傷的になるのは桜が咲くからだと思う」
「どうして?」
「土地によっては桜が咲く時期は違うかも知れないけど、区切りの季節に桜が咲くから」
 卒業式には、桜の色彩。それが一般化したイメージだ。
 別に世間のシーズンに対する印象を幻想だなんて鼻で笑おうとは思わない。いつだって、出会いと別れには桜の薄桃がはらはらと舞い落ちるものだ。
 僕の記憶の中では、それが思い出の色あいとして現れてくる。
 部屋との出会い。部屋との別れ。スタート。ゴール。
 それらはみんな、桜を目印として思い出されていく。
「色々思い出すんだ。これまでは、学校っていう区切りごとのことだけど」
 受験もなく、メンバーも変わらず、そのまま進学するから大した感慨もなかった小学校の卒業式。ただ、担任の先生が初めて涙を見せたのが驚きだった。
 散り散りになる同級生たちと、不安よりも進学する高校の出会いを期待して笑いあっていた中学校の卒業式。帰り道、坂を下っていくとき、思わずみんなで校舎を見上げていた。
 部活の部長として忙しく立ち回って、最後までそんな感じで、最後の最後で後輩たちがみんな泣いてくれて、花を受け取ったときにもらい泣きしてしまった、高校の卒業式。寄せ書きだけじゃなくて、手紙までもらって、嬉しくて。
 大学では、それまでとは違っていた。親元を離れて四年間、一人暮らしっていうのを経験して、新天地で出来た仲間との最後の集まりで馬鹿みたいに騒いで。いつの間にか覚えていた酒の飲み方を最大限に活用して、社会人への不安を忘れようとしていた。
 帰り道に見た、あの桜。不安を郷愁に塗り替えて、忘れさせてくれた桜。
 社会人になるために、あの木の下を通った、思い出に残っていくだろう桜。
 大人になるまでのいくつかの区切りには、桜が咲いている。思い出のパッケージごとに、それぞれの桜が。
 外国に行けば、その桜の良さがまったく分からないという人もいるそうだ。あんな半端な色の花を、桜前線なんていうおかしげな予報を作ってまで待ちわびる意味が分からないと。
 でも、あれは区切りの季節に、忘れられない思い出が出来るたびに咲く花だ。だから、大切に思うんだろう。だから、みんな大切に待ちわびるんだろう。
 今日みたいに、記憶を呼び起こす体験は、僕だけじゃなく、道行く人たちも、何かしらの形で心に現れるのだろう。
 きっと、彼女にも。
「今回はそういう区切りとは違う意味で、思い出になりそうだからね。また、桜の花が」
「ま、桜が咲いているときに入居したんだから、当然退去時にもまた桜が咲きましょうな」
「人が感慨にふけっているときにぶち壊すようなこと言うなよ」
「はいはい、ごめんなさいな」
「君にも今年の桜は思い出のひとつになると思うけど」
「さあ、どうでしょう」
「なるさ。区切りの時期に咲くんだもの」
「――はいはい。旦那様の言うことは一応胸に留めておきます」
「そりゃどうも。奥さんの物分りがいいと生活しやすようだよ」
「最初だけだから。すぐに尻に敷いてあげる」
「そいつは勘弁。亭主関白でお願い」
「ばーか。かかぁ天下にしてあげる」
 僕達はもうすぐ結婚する。
 僕の部屋を引き払い、新居へ。
 新しい区切り。新しい生活。今度の新しいスタートにも、僕の、そして彼女の、心の中に。
 世界を埋めるような色彩で、春を感じさせる、陳腐で、確実な感情をもって。
 桜が咲いているだろう。















ちょっと早いかも知れませんが、桜のお話です。
道行く中高生の制服姿を見ていると、もうすぐ卒業シーズンなんだなあとしみじみ思ってしまって、勢いに任せて書いてしまいました。
まあ、私の生まれ故郷は北国なので、桜の季節は五月になることが多いんですけどね。
やっぱりこの時期になると新しい生活が始まるのかなあ、なんて思ってしまいます。
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テーマ : オリジナル小説
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三日月幻夜

Author:三日月幻夜
よく「雰囲気大分違うけど、同じ人が書いたの?」って言われます。
色々あるので見てってください。

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