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なつへの扉【5】

なつへの扉【5】


 とりあえず気を落ち着けた僕は、夕食を摂ってから、琴子と二人で出かけた。二泊三日の滞在予定にかこつけて、なるべく家にいないスケジュールを組んだせいだった。
 家にいると、きっと終始不機嫌な眉間の皺が寄るだろう。それを防ぐための防衛策。どうせ、顔見せなんて帰った段階で終わっているのだ。通過儀礼なんてさっさと済ませて、出来うる限り不愉快なことのない時間を過ごしたかった。
 だから、帰ってきた初日から僕は地元の友人たちに琴子を紹介することにしたのだ。
 式には彼らも呼ぶつもりだったし、何より故郷を出てからも付き合いが続いていた彼らは、僕に彼女の顔を見せろ見せろとせがんだのだ。
 やいのやいのと酒を飲ませたり、未来の旦那の前で琴子を口説こうとしている不届き者もいたけど、とりあえず友人たちとの時間は、楽しく過ぎた。
 家に帰ったのは、日付の変わる頃。あらかじめ伝えていたから両親はもう寝ていて、僕と琴子はそのまま部屋まで戻った。
 酔いが回ってどこか焦点の合わない目の琴子は、僕が適当に作ったおにぎりに食いついている。酒は強くないが、小さいくせによく食うやつなのだ。そのくせ、自分で料理は作らない。僕が作らないと何もしないから、あれが食いたいこれが食いたいと、要求ばかりが多い。
 困ったやつだ。あの体のどこに入っていくんだろう。きっと、僕らの家庭はエンゲル係数がケタはずれに高くなるに違いない。
「ねえ、焼きたらこのおにぎりないの?」
「ない。梅干しで我慢して」
 不平を言いながら、もう二つ目のおにぎりを半分まで食べ終わっている。飲み会であれだけ食べといて、まだまだ要求は終わりそうにない。
 彼女の湯飲みにお茶を注いでから、僕はベランダに出た。
 冬の夜は冷え込むが、酔いを醒ますにはちょうどいい。
 丸テーブルに積もった雪を払い、半分立った格好で、椅子ではなく僕はテーブルに腰かけた。
 煙草を銜え、盛大に煙を吐き出す。
 どこまでが煙で、どこまでが白く変わった吐息なのかわからないもやをぼんやり眺めて、空に視線を移す。
 ゆらゆら、雪が降っている。この調子じゃ、明日までやまないかもしれない。
 結婚か。
 まだ先だけど、そう遠くないカレンダーに記載された期日に、それは確実にやってくる。
 丸テーブルに片手をつきながら、ふと思い出した。
 ――結婚式はチャペルにしなさい、チャペルに!
 いつだったか、暑い夏の日。夜の散歩から帰ってきた流美姉ちゃんは、開口一番僕にそう言ったのだ。
 妙に顔を赤らめて、熱の入った声で。
 場所はもちろん、日時や時間帯まで指定して、飛び上りそうな勢いでしゃべり続ける姉ちゃんのことを不思議だとは思ったけど、僕はそのまま頷いておいた(というより、頷かなければいけない空気だと子供心に分かってしまったので)。
 いつもは散歩が終わると、今僕がこうしているようにベランダで煙草を銜えていた姉ちゃんが、このときばかりは息を荒くしていた理由はわからなかったけど、僕は結局、この言いつけを守っている。
 結婚式の予定は、チャペル。
 指定された場所も、地元のチャペルで、本当は地元でやるのはどこか気が引けたのだけれど。
 もうずっと前にいなくなった人の言いつけを、それも子供相手に言っていた戯言に違いないそれを鵜呑みにして、いつまでもそれを後生大事にしている僕は、きっと、人が見たら愚かしく見えるのだと思う。
 でも、姉ちゃんの言いつけだから、反故にはできなかった。
 二本目の煙草に火をつけながら、苦笑する。
 そういえば、あの日の姉ちゃんもこうやって僕みたいに煙草に火をつけながら、ニヤニヤしていたっけ。
 その夜は終始機嫌の良かった姉ちゃんは、しまいには僕と一緒に寝るとまで言い出す始末。本当、散歩先で何があったんだろう。ピートと一緒の散歩で、何か嬉しいことがあったんだろうか。
 ピートといえば、彼は今頃どうしているのだろう。
 姉ちゃんが死んでから、めっきり姿を現さなくなった、彼。
 二十年以上前にあっていた猫だ、たぶんもう生きてはいないだろうけど、ベランダから階下を見下ろすと、今もそこでこの部屋を見下ろしていそうな、そんな錯覚に捕らわれる。
 いつもいつも、決まった時間になるとやってきて、一声にゃーと泣いて……
 ――ニャー……
「?」
 懐かしい声に、慌ててベランダの縁へ駆け寄る。
 今の声、ピート?
 まさか。
 雪が頭に積もるのも構わず、僕は身を乗り出した。
 部屋からの明かりにほのかに明るくなっている階下。
「まさか……ね」
 当たり前だけど、そこには誰もいなかった。
 ただ、落ちては溶けていく雪が、地面を濡らし続けている。
 きっと、僕の思い出の残照が、勝手に抱かせた幻聴に違いなかった。
「まさか……だよね、ピート」
 ふと抱いてしまった感傷を振り切るように、僕はまた煙草を銜え、その先に火をつけようとライターを取り出した。
 すると、
「ねえ、収穂」
 後ろから、琴子の声。
 僕は煙草を銜えたまま振り向いた。
 ベランダの掃除窓に寄りそうに、部屋から出ない格好で、僕のほうを向いている。
 いつもは結んでいる髪がほどけ、降ろしたその先が肩先に触れているその姿が、僕の吐息の白に霞んだ。
 どこか、流美姉ちゃんを思い出す。
「どうした、寒いなら窓しめていいぞ」
「ううん、大丈夫。それより、さ……」
 どこか煮え切らない琴子。酔いのせいだけではない言葉のよどみが、そこにあるような気がした。
 それが何なのか、僕にはわからなかったけれど。
「……煙草、吸いすぎじゃない? 今日、ペース早いよ」
「そう? 気づかなかった」
 見れば、足元には煙草の吸殻がいくつも落ちている。友人たちとの飲み会だけでも一箱は吸っているはずだから、確かに多いのかもしれない。
 口には、4本目が銜えられ、琴子に話しかけられなければ、火がつけられていただろう。
「煙草、好きなの? 付き合う前から持っているのは知ってたけど、そんなに吸ってるの、見たことなかったし」
 どこか不安げな視線を向けてくる琴子。
「ああ、煙草ね。流美姉ちゃんが好きでさ、ここに帰ってきたら、なんとなく懐かしくなって」
 知らず、笑みが浮く。
 そうだ。子供の僕が不思議そうに眺めていると、煙草を指先で振りながら、姉ちゃんはいつも「ショートホープは大人にならんと分からんさ、少年。小さな希望なんだよ、小さな希望!」なんて言いながら、ニヤニヤしていた。
「この銘柄、流美姉ちゃんが吸ってたのと同じものなんだ。ショートホープ。小さな希望。たぶん、ドラマか何かの台詞を拝借して僕に説明してたと思うんだけど。いつも吸っててさ、こうやって、今の僕みたいにベランダに出て、よく。絶対大人になったらその意味分かってやるんだ、って思って、だからこうやって……」
 煙草を見つめながら話していると、後ろから、窓の閉まる音。
 振り返ると、琴子はもう僕に背を向けて、布団を敷いていた。
「ちょ、どうしたんだよ、話しかけておいて」
 今度は不機嫌そうになった琴子の横顔を見て、室内へ戻ろうとする。
「寒いから窓閉めて」
 琴子のそっけない言葉が、どうしてか僕に刺さってきた。
「なんだよ、話の途中だろ」
「知らない」
「そりゃないだろ、話を振ってきたのはそっち……」
「知らない!」
 それは拒絶の言葉だった。
 急な琴子の怒声に、何も言えなくなって窓を半分開けたまま、立ち尽くすしかない僕に、彼女は追い討ちをかけてくる。
「流美姉ちゃん、流美姉ちゃんって、収穂はお家に戻ってきてからそればっかりだね。じゃあ、流美姉ちゃんと結婚すれば?」
 拗ねた声を残し、琴子は布団へもぐりこんだ。
 結局、僕のことを一度も見ないまま。
「……なんだよ」
 苛立ちに頭を乱雑にかいて、僕は窓を閉めた。
 どうしてそこで流美姉ちゃんの名前を出すんだよ。僕はただ、昔の思い出を話そうとしただけだったのに。
 流美姉ちゃんのことは、好きだった。
 でも、それと今のこの状況が、どうして結びつくんだ。
 くそ――。
 布団に入ったきり、無言で僕に背を向けた琴子の姿が、僕の煮え切らない態度を責めている気がした。


〉〉〉なつへの扉【6】へ続く。
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よく「雰囲気大分違うけど、同じ人が書いたの?」って言われます。
色々あるので見てってください。

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