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なつへの扉【3】

なつへの扉【3】


 部屋は一応、僕が家を出たときのままの部屋があてがわれていた。
 家の裏に流れる川が窓から見える、南側の部屋。ベランダもあり、雪がうっすらと積もってはいたけど、僕の部屋は僕が家を出て行ったときをほとんど崩さずに残っていた。
「どうしたの、急に?」
 荷物を降ろし、僕が静かになったのを見計らって、琴子は聞く。
「……ごめん」
 間抜けな言葉を僕は繰り返した。
 どうしようもなく苛立ちが収まらない。
 気をかけてくれる琴子に対し、僕はただ「ごめん」を繰り返すだけ。理由も語らず、つまらない意地を抱えて。
情けなかった。
「――そっか」
 それだけ言って、琴子は追及をやめた。諦めたのかもしれない。
 主がいなくなっても掃除は行き届いているらしい床板に胡坐をかき、僕は乱雑に頭をかいた。苛立ちは依然として僕の中にくすぶっていたし、これ以上口を開けば、きっと彼女に今以上に気を使わせてしまう。
 それきりの僕を見て肩をすくめると、琴子は部屋を見回し始めた。一応、恋人が少年時代を過ごした部屋だ。興味が沸くのだろう。
「ねえ、これ誰?」
 しばらく本棚やビデオラックを物色した後、彼女の指先は机の上に向けられた。
 その先にあったのは、少し埃をかぶった、ガラス製の写真立て。家具の間取りが変わっても、部屋の主がいなくなっても、ずっとそこにあった写真立てだった。
 そこに収められた写真。
 少し古ぼけてしまったその写真を、僕は上目遣いに見つめた。
「?」
 立ち上がった僕を見て、琴子が首を傾げる。その様子に、僕はただ強張っていた表情を少しだけ緩めて、答えた。
「懐かしいな……流美姉ちゃん」
 その写真は、初夏にベランダで撮られたものだった。
 今も変わらずベランダにある、丸テーブルの上に煙草の箱が置かれ、そのすぐそばの灰皿には火のついたままの煙草が時を止めて像となり、くすぶっている。
 その反対側にはトランプの山札と、乱雑したカードが数枚。おぼえている、その時の手札はジョーカー入りのフルハウスだ。相手はクイーンのフォーカードで、僕は負けた。
 テーブルとセットになっているアンティーク調の椅子が引かれ、少しだけ広くなっているベランダ。そこでカメラに向かってなぜか仁王立ちで笑っているのは、小さい頃の僕。そして、その横で屈んで小さい頃の僕に視線の高さを合わせて、笑顔でピースしている白いブラウスを着た女性。
 忘れるはずもない。
 切りそろえた前髪も、風になびいていた濡羽色で艶のある長い黒髪も、透けるような白い肌も。
 化粧気のない涼しげな目元を細くして、広めの口をにっこり笑みの形にして、子供みたいに笑っている、流美姉ちゃん。
 大好きだった、流美姉ちゃん。
「お姉さんがいるの? 教えてもらったこと、なかったと思うけど」
「ううん、叔母さん。母さんの妹」
「へえ、綺麗だね」
「若かったんだよ。母さんと歳が離れてたし、僕が小さい頃は一緒に住んでた」
「だから〝姉ちゃん〟なんだ。君と似てるね。この写真見たら、お父さんやお母さんより、この叔母さんと一番似てるみたい。目元なんかそっくりだよ」
 懐かしいことを琴子から言われて、僕は口の端を上げた。苦笑とかじゃなく、純粋に懐かしくて、それから、嬉しくて。
「よく言われてたよ。だから、姉弟に間違えられてた」
 それが嬉しかった。姉ちゃんと近しい存在になれた気がしたから。
 僕があまりに嬉しそうな顔をしていたせいか、琴子は僕の手から写真を奪い取り、そっと机の元の位置へ戻した。
 二十年そこに置かれ続けている、机に座ったとき、一番目につきやすいその定位置に。
「で、このお姉さんは、今どうしてるの?」
「――死んじゃった。この写真とってしばらくしてから」
 僕はきっと、それを変わらない表情のままで言った。だから、琴子は面食らってしまったのだろう、慌てて、
「あ……ごめん」
 その声音は、本当に申し訳なさそうなものだった。
「いいよ、謝るようなことじゃないし。実際、流美姉ちゃんのことで覚えてること、あんまりないんだ」
 嘘じゃない。彼女にさっきの質問をされたとき、心中痛みを感じたわけではなかった。
 琴子のうつむいた顔から、視線を写真へ戻す。
 そこにいる僕は、楽しそうで、幸せそうで。
 きっと、流美姉ちゃんもそうなんだろうって、信じきっている顔をしていた。
 実際、流美姉ちゃんの笑顔は、こんなにも明るかったから。本当は、こんな顔をするような境遇じゃなかったはずなのに。
「あーあ、流美姉ちゃんが生きてたらなあ……」
 思わず、そんなことをつぶやいてしまう。
 そこに去来したのは、ふいに訪れた郷愁と、それから、両親に対する苛立ちゆえの帰郷の後悔の念。
 流美姉ちゃんが生きていて、まだこの家にいたんだとしたら、きっと、琴子を紹介するために、僕はいの一番でこの家に戻ってきて、両親より先に姉ちゃんに顔を見せていただろう。僕にとって姉ちゃんはそのくらい大事で、絶対だった。
「……ねえ、本当は、実家に帰ってくるの、嫌だった?」
 琴子が僕の背中に向かって聞く。
 僕はただ、流美姉ちゃんが一緒に映っている小さな写真を見つめた。
「姉ちゃんがいたら、嫌じゃなかったよ」
 それが正直な気持ちだった。たとえ感傷だったとしても。
 数瞬の間。
 琴子は僕の背中に抱きついた。
 静かに、優しく。
「ねえ、君は……」
 僕の背中に顔を押し付けるようにして、彼女の声はくぐもった。
「君は、私のものなんだからね――」
 少しして、僕は答えた。
「うん」とだけ。


〉〉〉なつへの扉【4】へ続く。
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Author:三日月幻夜
よく「雰囲気大分違うけど、同じ人が書いたの?」って言われます。
色々あるので見てってください。

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