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なつへの扉【2】

なつへの扉【2】


 新幹線を降りて、一時間に一本しかないローカル電車に乗り、実家最寄りの駅へ。十年前からほとんど変わらない、石油ストーブの置いてある待合室を通って駅を出ると、出迎えに来た親父がいた。実家に彼女を連れて来たとあって、彼は妙に高いテンションだ。僕たちが相槌を打つ暇もないほど、一人で喋り続けている。琴子は、ただ愛想笑いを浮かべて曖昧に頷いていた。
 彼にとっては、籍を入れる前であっても、嫁を連れて帰ってきたのと同じことなのだ。僕は家の跡取りで、家族はみんな昔ながらの農家。時間がゆっくり進んでいるような土地では、頭の中身も思考もムカシながらの考え方で、愚かしいほど僕に跡取りとしての期待をかけてくる。
 くだらない……。大学を卒業してこっち、実家から僕の元にかかってくる電話はすべて「いつ帰ってくるのか」「嫁はいつ娶るのか」「家を継ぐ決意をするのはいつか」なんてことばかり。日ごとに増すそんな時代錯誤な電話が面倒で、自分本位な言葉が億劫で、僕の実家の景色が見たいと言った琴子の言葉に都合をなすりつけて、僕はイヤイヤ帰ってきた。
 彼女との旅なら、この自己嫌悪と同属嫌悪にも似た不快な感覚が消えると思っていた。実際、座りっぱなしの新幹線は楽しかったし、数年ぶりのローカル電車やそこから見える単調な冬の田んぼの景色だって、琴子が色々な質問をしてくれるおかげでつまらないものにはならなかった。
 それなのに……
「いやあ、さすがに都会の子は違うね~。家に来てくれたら自慢になるよ。畑仕事はしてくれるんだろ?」
 親父の独善にまみれた時代錯誤な古臭くて馬鹿馬鹿しい言葉と、バックミラー越しに見える苛々する笑顔。それらが僕の心に暗い影を落とすような、そんな感覚がする。
 ヘラヘラした笑いが無性に腹立たしい。
 帰ってこなきゃよかったかも知れない。
 一瞬、そんなつぶやきが洩れそうになった。
 ただ、琴子がこっそりと僕の手を握ってくれたから。
 親父には見えないよう、車の揺れに合わせるように、僕をなだめるように。
 さりげなさを装うその温度があったから、僕は彼女の顔こそ見なかったけど。
 苛立った言葉をつぶやきたい衝動を抑えられたんだと思う。
 車が停まった。家に着いたのだ。
 荷物を持とうとする親父の言葉を断り、僕は琴子を連れて玄関の戸を開けた。
 出迎えは母さんだった。
「お帰り」
「……ああ」
「あら、噂の彼女? 可愛らしいね」
 不機嫌な僕の視線に気づいたのか、母さんは僕へのねぎらいもそこそこに、琴子へ視線を移した。物怖じしない彼女でもやはり緊張するのか、僕の背に隠れるようにしていた体をゆっくりずらして、母さんに向かって頭を下げる。
「はじめまして。お世話になります」
「はいはい。よろしくね……って、あら?」
 目じりを下げていた母さん。その目が不意に僕の胸ポケットに吸い込まれた。
 煙草のケース。
「収穂。あんた、煙草なんか吸ってるの? いつからそんなこと……」
 たぶん、母さんは父さんほど愚かな人間ではない。いくらか気が回って、その分あざとい目利きをする。僕の煙草に何を思ったか、きっとそれは、琴子が挨拶しても無言のままでいる僕の、家を出て何年も時間が空いた僕への会話の糸口を探してのことだったろうと思った。
 だけど。
「もう、流美の真似ね? まったくあんたはいくつになってもあの子の……」
 その一言が癪に触った。
「部屋は!」
 声の大きさを上手く調節できない。車を片付けてきたらしい父さんが後ろで息を呑むのがわかった。
 当然、目の前の母さんも。
 琴子も。
「え……?」
「ちょ、ちょっと、収穂……」
 母さんと琴子の困惑した声が遠く聞こえる。
 あくまで遠く。
 苛々が止まらなかった。激情は抑えられなかった。
 どうしようもなく激昂し、煮えくり返るはらわたに反して、僕の意識は一部分だけ冷たく冴え渡り、冷徹な客観を保ってもいた。
 カッコ悪い。結婚するからと彼女を連れてきたのに、その目の前で親に逆切れかよ。
 こんなこと、コートの前を閉めておけば防げたはずなのに。
 このくらいのこと、予想できていたはずなのに。
「……荷物置く部屋、僕の部屋でいいんでしょ」
 剣幕に押されて曖昧に頷く母さんを視界の端で捕らえ、僕はもう琴子の手を引いて廊下を歩き出していた。僕の部屋が当時のままの位置にあるのか、そんなことはお構いなしで。
慌てて、困惑しながらも琴子はついてくる。
「……ごめん」
 そんな間抜けな言葉しか、僕は彼女につぶやくことが出来なかった。


〉〉〉なつへの扉【3】へ続く。
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Author:三日月幻夜
よく「雰囲気大分違うけど、同じ人が書いたの?」って言われます。
色々あるので見てってください。

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