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『誘蛾灯』【3】

『誘蛾灯』

3‐秋空の下はいつも煙が立つ


 胸の辺りに重みを感じて、目を開けた。
 毛布の上に、丸まった毛布が乗っかっている。
「にゃう」
 毛布が鳴いた。
 いや、よく見るとひげがついている。それから目と耳がふたつずつと、鼻と口がひとつずつ。
 昨日の猫だった。
 とりあえず、寝起きの回らない頭で挨拶してみる。
「……おはよう」
 何挨拶してんの、お前。
 そんな顔をして、さっさと猫は言ってしまった。
「いや、乗っかってたのお前だろうが……」
 器用に引き戸の隙間から外へ出て行く尻尾に向かってつぶやき、俺は身を起こす。
 秋の朝は冷える。身をさすりながら部屋を出て、やたら長い廊下を歩き、縁側を通ると、外に弓さんがいた。
 朝から吹いている秋風が、庭の木の葉を落としていく。
 その枯葉が落ちる下で、弓さんは箒をさっさっさ、と小気味よく動かす。地面の落ち葉が、急かされるように宙に舞った。
 格好は相変わらずのブラウスとスカート。寒そうだが、なんだか箒を持つ姿が妙に様になっていて、古いアパートの大家さんみたいだった。
 少しのあいだその姿を見ていると、開けっ放しの縁側から、猫が庭へ飛び出し、弓さんの足元まで駆けて行く。
 弓さんはそれに気づくとかがんで猫の頭をなで、それからこっちを見た。
「おはよ、ねぼすけさん♪」
 小首をかしげるその姿は歳に似合わず(見た目的にはまったく違和感はないんだけど)可愛らしい。長い黒髪が猫のヒゲと一緒に揺れていた。
 話し方はなんだか上機嫌だ。
「ねぼすけ?」
「そ。もう昼近くよ。フィライヒトに起こしてもらったの?」
 相変わらず舌を噛みそうな猫の名前をスラスラ言って、片手でじゃれる猫をなで続けている。どこか穏やかな光景だ。
「あれ、昼近く? 気づかなかった」
 外を見ると、確かに日は中天に差し掛かっている。慌てて左手首に目をやるが、外しっぱなしの時計は枕元に置いたままだったのを思い出し、無意味な行動をごまかそうとそのまま頭をかいた。
 その行動をどう受け取ったのか、弓さんは苦笑する。
「休みだからって、いつまでも寝てたら時間がもったいないじゃない。そんなに疲れてたの?」
「……ま、仕事がつらくてね」
 嘘ではない。毎日毎日、長時間のデスクワークで体が凝り固まって、悲鳴を上げている。時計を見る癖も、時間に追われる生活のせいでついたものだった。
 きっと、心も疲れているんだろう。だから、なんてことのない弓さんの箒姿が、妙に癒されるものに見えるんだ。
 ふうん、と頷いて、弓さんは箒を抱え直し、立ち上がった。猫(フィライ……ええと、駄目だ、覚えられない)が名残惜しそうに弓さんを見上げている。
「まあ、ここにいるあいだは仕事のことは忘れなさいな。弓さんのおいしいご飯でも食べて、ね」
「昨日の料理、レトルトばっかりだったけど」
「それは由貴斗くんが急に家に来たせいで、買い置きしかなかったからよ!」
 なんて言いながら、頬を赤らめて腰に手を当てて怒る弓さん。可愛らしい。ほんと、いくつなんだろうか。
 思い出そうとしたが、上手くいかなかった。まあいいや、年齢不詳のお姉さんということにしておこう。
「で、何してるの? 庭の掃除なら手伝おうか」
「いいの、もう終わるところだし」
 なぜか上機嫌に戻って嬉しそうに言う弓さん。
 訝しい顔をしている俺に気づいたのか、弓さんは続けて言った。
「それより、台所に置いてあるスーパーの袋、持って来てくれない?」
 言われた通りに台所に向かうと、食卓の上に、袋がひとつだけ乗っていた。中身はサツマイモが詰まっている。
 それを取って縁側まで戻ってくると、弓さんは集めた落ち葉をいじって待っていた。
「これ?」
「そうそう、それそれ! ありがとう」
 その辺に置いてあったサンダルをつっかけ、弓さんのそばまで手渡しに行く。
 寝間着のままでは少し肌寒い。薄着の弓さんの格好を見て、どうして寒がらないのかと不思議に思う。
「……で、これ持ってきて何すんの?」
 そう聞くと、弓さんは楽しそうに、それはそれは楽しそうに笑って言った。
「焼き芋♪」
 足元を指差す。山盛りの落ち葉がそこにあった。
 ――なるほど。それで嬉しそうだったわけか。
「食い意地張ってるな」
「むぅ、憎まれ口ばっかり言うんだから。そんな子には焼き芋あげません」
 むくれてみせる弓さん。
「いや、もう昼飯の時間なのにそんなの食ったら……」
「お昼、焼き芋だから」
「……ごめんなさい、訂正します。焼き芋大好きです」
「よろしい♪」
 さっきから語尾がご機嫌モードになっている今の弓さんに逆らってしまったら、本気で昼の食事を抜かれそうだったので、素直に謝る。朝だって食べていないのだ。夜まで持ちそうにない。
 そこから先は、もう弓さんに言われるがままだった。
 マッチを持ってきて火を起こし、アルミホイルで芋を包んで焚き火の中に突っ込み、やたらとじゃれてくる猫の相手をしながら、ぼんやり火と秋空に上る煙を眺めた。
「ねえ、座ったら? 立ちっぱなしじゃ疲れるでしょ」
 そういう弓さんはすでに焚き火に手をかざして暖を取っている。視線は火ではなく、その奥の焼き芋を透視しているのだろう。目がやたら輝いている。
 弓さんに倣い、焚き火のそばにかがむ。その拍子に、体のあちこちからバキボキと音が鳴った。
「ほんと、体が痛んでるのね。整体にでも行ってきたらすっきりするんじゃない?」
「そんなひまないよ。休日は大抵寝てるし」
「もったいない」
「起きれないんだよ、あんまり疲れてて。休みじゃなきゃ、きっと今日だって体に鞭打って山積みの仕事と格闘してただろうね」
 ――所詮お前もその程度か。
 仕事のことを思い出したとき、ふいに耳の奥でそんな言葉が聞こえてきた。
「ま、仕事ができないのが仇になってんだろうね。能力がないなら時間を使うしかないし」
 今自分が言ったのは本当だろうか。どこか嘘くさい言い方になっていた。
「別に、仕事は嫌じゃないから」
 仕事、は。
 持って回った言い方だ。自分の思考をごまかすように、首をひねる。相変わらず骨の鳴る音がした。
「……由貴斗くんも大変なのね」
 言葉の裏にあったものに感づいたのか、一拍置いてから、弓さんはぽつり、とつぶやいた。
 そのまま、しばらく焚き火に手をかざした格好のまま、二人、無言でいる。
 パチパチと火が爆ぜたとき、弓さんはまたぽつりと言った。
「別に深い意味はないけど、由貴斗くんがここにいたければ、いつまでもいていいんだよ」
 その口調が真摯なもので、すぐに俺は返事ができなかった。
「……そりゃ無理でしょ。休みは有限だもの」
「そっか」
 頷いた弓さんの目は、なんだか悲しそうだった。
 どうしてかは分からないけど。
 そのまま、俺と弓さんは言葉を交わすのをやめ、じっと焚き火の火を見つめていた。
「にゃあ」
 トンボを追いかけたりして庭をうろうろしていた猫が戻ってくる。弓さんの足元と焚き火を交互に見つめて、また一声鳴いた。
「もうちょっとだから待ってね、フィライヒト。もうすぐおいしい焼き芋ができるからね~」
 俺との会話の時とは変わって、まさしく猫なで声で弓さんは言う。
 ……猫って、熱いもの食えたっけ?
 予感の通り、焼きたてのアツアツな焼き芋を口に銜えて猫が悶絶したのは、それから十分後のことだった。



〉〉〉その4へ続く。
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よく「雰囲気大分違うけど、同じ人が書いたの?」って言われます。
色々あるので見てってください。

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